痴漢で逮捕された場合の弁護活動
痴漢事件で逮捕された場合の手続きはどうなるのか,また,弁護士はどのような活動をしてくれるのかについて,代表弁護士・中村勉が解説いたします。
痴漢の現場で逮捕
痴漢事件が発生した場合に,事件が発生したこと及び犯人が誰であるかが明白な場合には,その場で現行犯逮捕されることがあります。
現行犯逮捕とは,痴漢事件が発生した場合に,被害者や第三者が犯人による犯行を現認し,事件発生直後に犯行現場付近で逮捕することを指します。
警戒中の私服警察官(鉄道警察隊)が現行犯逮捕することもあれば,一般人であっても逮捕することができるため,被害者や目撃者が犯人の手を掴んで取り押さえて(現行犯逮捕),警察官に引き渡す(引致)ことが実務上見られます。
一方で,被害者等に取り押さえられるのではなく,駅員に促されて駅員室まで行き,その後,警察官が臨場して警察署まで同行されることもあり,警察署においてひととおり事情聴取を終えた後,家族に連絡し,家族が身柄を引き取った場合には,逮捕せずに「また後日呼び出すので,来てください」などと言われて帰されることもあります。その場合は在宅で捜査が続くことになります。
その場から逃げても後日逮捕される
事件当日は,犯人が逃亡したため誰であるのかがわからなかった場合であっても,その後の捜査の過程で犯人が浮上し,後日逮捕に至ることがあります。犯行現場付近の防犯カメラ映像,現場付近に残された遺留品などから犯人が浮上して,裁判官が発付した逮捕状に基づいて被疑者を逮捕することを通常逮捕といいます。
逮捕された場合のその後の手続き
痴漢事件で逮捕されると,警察署に留置され,その後,48時間以内に検察庁に事件送致され,検察官がさらに身柄を勾留する必要があると判断すれば,裁判官に勾留を請求します。裁判官が勾留を認めれば10日間勾留され,その後,さらに10日間延長されることもあり,最大で23日間身柄が拘束されることがあるのです。
痴漢事件で逮捕された場合の流れ
次に,逮捕された場合の刑事手続の流れをご紹介いたします。まず,逮捕後の具体的な捜査について説明します。
警察署での取調べはどのようなものか
痴漢で逮捕されると,まず警察署で犯罪事実の要旨,弁護人を選任することができる旨を告げた上で,弁解の機会が与えられます。
その後,検察庁に事件送致する準備として,被疑事実に関する概括調書,身上調書を作成します。身上調書には被疑者の家族構成,成育歴,職歴,犯罪歴などが記載されます。また,被疑事実に関する概括調書には,被疑事実を認めるか否認するか,認めるとして動機とその態様はどのようなものかなどについて取調べが行われ,調書化がなされます。
この二本の供述調書と被害者の供述調書,目撃者の供述調書などを揃えて48時間以内に検察庁へ事件送致するのです。なお,この間,着衣の繊維などの微物検査のために鑑定に付すこともあり,客観的証拠の収集にも着手します。
検察庁では勾留請求するかどうかを判断
逮捕後48時間以内に警察署から検察庁に身柄及び捜査書類が検察庁に送致され,痴漢容疑について検察官から弁解の機会が与えられます。検察官は警察から送られてきた事件記録を一読しており,既に時間概要を把握しています。被疑者は,警察では否認したが,検察官の前では認めることもあり,またその逆もあります。そのような点に注意しながら検察官独自の供述調書が作成されます。この勾留前の検察官の手続きでは被害者を直接事情聴取することがありません。
こうして,検察官は,被疑者を勾留して捜査をしなければ,被疑者が罪証隠滅又は逃亡に及ぶおそれがあると判断した場合は,送致を受けてから24時間以内に裁判所に対し,勾留を認めるように請求します。
裁判官による勾留質問手続き
検察官が痴漢容疑で勾留請求した場合,検察庁での取調べ当日,又は翌日には裁判官の勾留質問を受けることになります。
裁判官は,被疑者の弁解に変遷がないか,また,罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれがないかを慎重に吟味し,勾留の可否を判断します。そして,裁判官が勾留決定すると,逮捕に引き続き,勾留請求をした日から10日間身柄が拘束され,不服申立て(準抗告や特別抗告)で勾留決定が取り消されない限り,10日間は身柄が拘束されます(途中で短縮されることはまずありません)。
勾留延長されることもある
勾留が決定し,10日間痴漢容疑について捜査した後に,検察官は,痴漢の事実で起訴するか,不起訴とするかを判断します。
しかし,さらに捜査を継続しなければ痴漢の犯人であるのか冤罪であるのか真相が解明できない場合のほか,痴漢の犯人であるとしても,起訴猶予にすべきか,略式請求にすべきか,公判請求にすべきかの適正な処理ができない場合など「やむを得ない事由」がある場合には,検察官は勾留の延長を請求することができます。延長期間は基本的には10日間です。
痴漢事件は,条例違反という比較的軽微な犯罪ですから,実務上,勾留延長までされてしまうことは多くはありませんが,被疑者が事実を否認し,公判で白黒を決する必要があると判断すれば,微物検査等の鑑定調書など,起訴に備えた証拠収集をしなければならず,延長されるでしょう。
こうして,痴漢で逮捕された場合,逮捕されてから最大で23日間身柄を拘束されてしまう可能性があるのです。これでは,会社に出勤もできず,病気等の言い訳もできず,退職せざるを得ないような状況に追い込まれます。
弁護士をつけるメリットについて
痴漢で逮捕されると弁護士をつけたほうが良いと言われますが,弁護士をつけるメリットや,弁護士ができることを説明します。
弁護士は早期の釈放を目指します
痴漢で逮捕された直後はご家族などの面会は事実上制限されることが多く,逮捕されて2~3日経ってようやく面会できるようになります。
その間,ご家族は痴漢事件の詳細もわからず,本当に痴漢をしたのか,それとも冤罪なのかなど不安なまま何もできないで時間が過ぎていくだけです。
しかし,弁護士であれば,警察官などの立会人なしで即座に痴漢で逮捕された方と接見することができます。時間の制約は原則ありません。ですから直接本人から痴漢の容疑を受けている事件の経緯や逮捕された経緯などを聞くことができます。
また,警察や検察官と面会するなどして痴漢容疑に関するできる限りの情報を収集でき,的確かつ迅速に状況を把握することができます。
そもそも逮捕や勾留は,被疑者を拘束しなければ被疑者が罪証隠滅又は逃亡に及ぶおそれがあると判断した場合に認められます。ですから,もし被疑者に身柄引受人となる家族がおり,定職に就いていて,住環境を含む生活環境が安定していることなどを疎明できれば,罪証隠滅及び逃亡に及ぶおそれを否定する事情となるので,被疑者を早期に釈放するチャンスがあります。とは言っても,被疑者自身は身柄拘束下にあって身柄引受人の確保や勤務先の調整は困難となり,そのような疎明は事実上できません。
そこで,弁護人が家族などこれらの関係者の協力を求めて生活環境の調整を行うことで,検察官,裁判官に対して勾留の必要性がないことを主張し,早期の身柄解放活動に取り組むことができるのです。
具体的には,痴漢で逮捕された方の家族の方に身柄引受書を御作成いただき,痴漢の容疑を掛けられているご本人に対して痴漢被害に遭われた方と決して接触しないよう指導をし,検察官への意見書を作成し,これを提出し,検察官を説得して,痴漢で逮捕された方の身柄解放を試みます。この時点で,弁護士がついているかいないかで,かなり結論が分かれてきます。弁護士が就いていれば,検事とも面会や電話交渉等で痴漢を行った背景事情や家庭環境等に関する意見交換ができる上,身柄引受人の確保など,釈放に必須の環境整備ができるのです。
準抗告などによる積極的なアクション
上記のような活動をしても,裁判官によって勾留が決定されることがあります。その場合には,ケースによっては準抗告などの不服申立てを行って,最後まで諦めずに身柄解放活動に従事します。準抗告を申し立てると,勾留決定をした裁判官とは別の裁判官3名により,改めて勾留が必要か否か審査され,勾留が取消となる可能性もあるのです。
痴漢事件において家族ができること
示談は早期の身柄解放につながる
痴漢は,強制わいせつ又は都道府県迷惑防止条例に違反する犯罪行為です。
被害者との間で示談が成立しなかった場合,初犯であっても,罰金刑が科せられる可能性が高く,その場合は罰金前科として残ってしまいます。
そこで,弁護人を選任したうえで,被害者に対して誠意を尽くし,示談を成立させることが必須となります。痴漢事件以外でも示談は重要ですが,特に,痴漢事件にあっては,示談成立により,勾留請求がなされずに釈放されることがあります。あるいは,勾留請求時には示談が間に合わずとも,その後,勾留中に示談を成立させることで,勾留継続の必要がなくなったとして,勾留満期を待たずに釈放されることがあるのです。
示談は,最終的には不起訴となるという意味で重要な活動ですが,単に不起訴か起訴かという問題だけではなくして早期の釈放につながるという意味でも重要なのです。
早期釈放により勤務先を解雇されるリスクが軽減
勾留決定がなされると,最大で20日間身柄が拘束され,その間欠勤せざるを得ないこととなります。多くの会社では就業規則上に解雇事由として欠勤が継続していることが規定されています。そのため,早期の身柄解放が実現されなければ会社から解雇を言い渡される可能性があります。
弁護士をつけ,被疑者を早期に釈放し,また,その後に示談を成立させて不起訴とすることで解雇という最悪の事態を回避するケースも少なくありません。また,逮捕直後に釈放させることができれば,そもそも勤務先会社に事件を知られないまま事件解決をすることも可能なのです。